森の中の病院

孝介は病院へ電話をしたあとで、ずっとどうするか考えていた。

よし子は東京のものをすべて捨てていったのだろう。携帯も解約したらしく、連絡を取ることができなかった。

イチかバチかやってみるしかない。孝介は病院の住所をナビに入れると静かに発進させた。稲刈りの済んだ田が広がる。山の木が色づき始めている。

思いついて沢を上り、ペットボトルに流れ落ちる水を入れた。国道を南下すると、途中に山へ登る道があり、病院の看板と矢印が立っていた。上ってゆくと中腹の開かれた土地に大きな建物が並んでいた。

正面に〈富士見ヶ丘総合病院〉とある。入口には広い駐車場があった。建物の内部は窓が大きく明るい。ロビーには人影はなかった。

入口で立ち止まり、景色を眺めた。遠くに高い山が連なっている。その山をずっとたどってゆくと麓(ふもと)に自分の住処がある。

建物の周囲は樹木に囲われていた。国道からそう遠くはなく、少し離れているが、新幹線の駅もある。新設の病院の位置としては悪くないのかもしれない。

よし子のように、東京は離れたい、先端の医療は受けたいという患者には感覚としてもほどよい距離といえるのか。受付の面会人カードに正しく自分の名前を書き、関係のところでペンが止まった。

従兄とさりげなく書いて、窓口に提出した。

「ロビーでお待ちください」

廊下の続きを示された。やがて背後からよし子が身を寄せてきた。

「従兄だなんて……」

「身内じゃないと断られるかと思ったんだ」

以前電話で問い合わせた時の冷たい声を思い出したのだ。

よし子は少しほっそりしていた。

次回更新は7月25日(金)、19時の予定です。

 

👉『いつか海の見える街へ』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】自分が不倫をしているんだという自覚はほとんどなかった。

【注目記事】初産で死にかけた私――産褥弛緩を起こし分娩台で黒い布を顔に被され電気も消され5時間ほどそのままの状態に