宵祭り

まだ宵の口だった。サラリーマンが三人、元気な酒を交わしていたが、やがて腰を上げた。居酒屋「およし」の客は、カウンターの孝介だけになった。客の食器を片付けながら、よし子が声をかけた。

「この前、本町通りで孝さんを見かけたわ。朝早くトラックに荷物を積んでたの。孝さんは仕事をしているときもブスッとしてるのねえ。ここに居るときだけじゃないんだって安心しちゃったわ」

「あんなに早く、朝帰りか」

「やあね、朝帰りだったらもっと遅いわよ」

冗談にはぐらかしたが、孝介にとって仕事中の顔を見られたのは不本意だった。雰囲気を察してよし子は話題を変えた。

「今日は縁日ね。ちょいと、お参りに行きましょうか」

「客を逃すぞ」

「たまには息抜きも良いでしょ」

孝介は、この歳で縁日などと思いながらも、立ち上がった。よし子は灯りを消して鍵をかけると、弾むような足取りで孝介と並んだ。

夜店は孝介の故郷の祭りと同じだった。綿菓子、金魚すくい、ハッカパイプ……浴衣を着た女の子が孝介とよし子の間をぶつかりながら走り抜けていった。

「すっかり夏だわ、浴衣を売ってる」

ビニールシートを敷いた上に下駄や帯を置き、横のパイプには仕立て上がった浴衣がずらりと吊るされている。子ども用のパイプは花が咲いたようだった。娘の由布子が浴衣を着たのは三つくらいだったか。祭りに行ったが、孝介に抱かれている方が多かった。由布子を抱いたときの浴衣のシャキッとした感触を思い出した。

「娘さんいくつだったかしら」

「八つ……かな」

よし子に子どものことを話したことはなかったが……よし子は子ども用の浴衣を一つ手に取ると、笑顔になった。