「これ、かわいいわ。今度帰るときのお土産にしたら?」
孝介が黙っていると、店の親父さんを呼んだ。孝介はポケットから財布を出しながら、ポールに下がっていた大人用の浴衣を取り、これも一緒にと親父さんに渡した。
夜店を一巡りしてから神社に参り、店に戻った。かすかに酒の匂いがこもっている。
「歩き回って結構のどが渇いたわ」
孝介の前にグラスを置きながら言った。
「私の小さいときの浴衣も金魚だったの。つい懐かしくなって、おせっかいだったわ」
孝介は紺地にとんぼが染め抜かれた浴衣を袋から出して、よし子の前に置いた。
「奥さんのお土産でしょ?」
「いや、あんたにだ。子どものを選んでもらったから。俺だけじゃ思いつかなかった」
「そんな……」
「いつか着たところを見たい」
「孝さん……」
よし子がいきなり胸にぶつかってきた。袋から飛び出した浴衣の金魚が、薄明かりの店の床で、生き返ったように浮き上がった。
梅雨が明けると真夏日が続いた。孝介が現場から戻ると、社長が一杯付き合ってくれと言った。みんなが引き払った後、社長に連れられて行ったのは「およし」だった。よし子がお絞りを渡しながらさりげなく言った。
「珍しいのね、社長と孝さんの二人連れなんて」
「今夜は仕事の難しい話なんだ。よし子を構ってやれないから」
「何よ、その言い方、どうぞごゆっくり」
よし子は社長の肩をポンとたたいて離れていった。社長はお絞りで顔を拭きながら、よし子とは中学が一緒だったのだと笑いながら言った。
「ところで、孝さん、ここへ来て何年になるかな」
「六年ですかね」
「そうか、初めは行ったり来たりしてたんだな」
粟本工業は現在のところ、社長の下に五十代半ばの村木、そして孝介と二十代になるかならぬの若者二人、外国人労働者を雇うこともある。その村木が先月体を壊して入院した。
「村木も胃に穴が空いたんじゃあ無理は利かないだろう。孝さんにもっと負担がかかるだろう。そのつもりでいてほしいんだ。まあ、今でも孝さんが現場は取り仕切ってるんだがな」
「現場のことは今まで通りやりますよ」
「そう、頼んだよ。それで一つ相談だが、この際奥さんと子どもをこっちに呼ばないか」