「おい、Kei。知覚センサーが治る食べ物、なんかないのか? 売れるぞ」

「もし本当に、コロナ禍がきっかけとなって、まわりと気づき合えない感覚不全が、世界中で増えているとしたらさ。子ども、大人から、それこそ政治家とか」

それまで口をひらかなかったクマくんが、ビワの皮を丁寧にむきながらつぶやいた。

「……絶滅ですね」

会議室では、石橋さんの手が企画書のページを何度もめくり返していた。

「五感を使って発想の入り口をひろげるのは、デザイン・シンキングでもやりますね」

「はい。私はデザイン・シンキングをリスペクトしています。適当に共感するなという意味では、ラテラルやクリティカルな思考法にも意義を感じます。ただし、こうしたメソッドを使う手前に、考えるべき点が二つあると思うんです」

ひとつは、人間の外部にあるプロセス通りに思考を進めても、そもそも内面の感受性が磨かれていないと、常識的な発想をアウトプットしがちです。

それから、もう一点。組織全員が同じフレームやメソッドに沿って、忠実に考えれば考えるほど、異端の発想は生まれにくくなります。多様な個の独創を促すのなら、思考の手順をあまり細かく規定しないほうが、発想の幅はひろがるのではないでしょうか。

これから時代がどう変わろうとも、AIを活用する新しい発想がひろがるとしても、まずは、ひとりひとりの知覚習慣を磨いておくことが、創造性のしっかりとした土台になるはずです。

石橋さんが訊ねる。

「受講生は1クラス25名程度とあります。わたしたちは、できればなるべく早く、多くの社員に学びを提供したいのですが」

「石橋さん、お気持ちはわかります。ただ、創造的人財は、短期間で大量生産できません。量産すると、結果、同質化します。ゼミナール・サイズでディープにやることを、おすすめします」

次回更新は7月30日(水)、11時の予定です。

 

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