私は、オイオイなかなか面白い女だとは思っていたけど、これはやり過ぎだ。さすがに運河に落ちたら生死に関わるし、こうなったら力ずくで引っ張って静止させないと。
私はチカラが入らないであろう右手と左手で懸命に柵の上から引きずり降ろした。
この時、火事場の馬鹿力を発揮したのかもしれない。
彼女は柵から地面に落ち蹲(うずくま)っている。私はさすがに大きな声で怒ったが、彼女は足を押さえて悶絶している。しまいには泣き出し、足が動かなくて歩けないと。
私は我に返り、ちょっとやり過ぎたことに後悔をしだした。一向に立ち上がれない彼女を見て私は、ことの重大さに気付く。すぐさま救急車を呼ぶ。
思いのほか早く到着した救急隊員に、私はちょっと遊んでて高い所から落ちたと、カモフラージュし伝え、一緒に救急車に乗る際に隊員から、
「お兄さんも脚引きずっているけど、怪我してるのでは」と言われ、その際はじめて他人から見たら、私は脚を引きずるように歩いているというのを知った。
私は「これくらいなら大丈夫です」と言葉を濁し、救急車に乗る。
救急車が辿り着いた病院は、私の身体の異変に痺れを切らし、初めて訪れた大学病院だった。
夜の救急外来の待合室。
そこにいるのは私一人。薄暗いやけに静かな待合室で私は、アユの診断結果をビクビクと待っている。大事な舞台の前に怪我をさせてしまったことに、強い罪悪感でいっぱいであった。
数十分経っただろうか、看護師さんから「お連れ様もどうぞ」と診察室に通された。
そこには、あの時の「気の持ちようでは?」と、身体の異変に不安でいっぱいであった私に、適当な言葉を発した若い外科医がいた。
相手はもちろん気が付いていないし、忘れているに違いない。 私は「墓場までお前の顔を持って行くから覚悟しておけよ」と心の中で叫ぶのであった。
次回更新は7月23日(水)、20時の予定です。