【前回記事を読む】「久しぶり、元気? 実は俺、ALSという病気になってしまって…」―元カノに送ったメッセージ。すぐに来た返信には「やめて」の一言。
2 退化
田町① 2012年
ディスプレイを見ながら段々と呼吸が荒くなるのを感じていた。
10秒は経過しただろうか、私は通話ボタンを押し左耳に携帯電話を押し当てる。
深夜の暗いタクシーの中で、数年経っても変わらないその声は何故か温かく感じられた。
「何故、病気になったのか」
「現時点では、どうなのか」
「これから、どうなるのか」 私は全ての質問に酔っ払い過ぎているということを、察せられないように「分からない」と簡単に答えることしか出来ず、電話を切った。
携帯を持つ左手は汗ばみ、ディスプレイは耳汗で光っている。
8月のやけにジメジメした土曜日の19時。私は田町駅改札を眺めている。数年前のデジャヴだ。
地下へと繋がるライブハウスの階段を眺めていた2006年。
誕生日に深酒し待ち合わせ場所に現れなかった2008年。
そして、今日2012年。
場所と時間は違えども、私は待ち続けている。最後に会った時の胸の苦しい感覚が呼び戻されていた。
「2番線に東京上野方面行きの電車が参ります」山手線が田町駅に着いたようだ。
それと同時に「着いた」と、メッセージが送られて来た。
私はエスカレーターが昇ってくるのを凝視している。しかしなかなか昇ってこない。
心臓のドキドキとソワソワに押し殺されている私の肩を、後ろから叩かれた。
振り返ると、数年前と変わらない褐色で小柄なロングヘアーのサエが笑顔で立っていた。