どうやら別の改札口を見つめていたようだ。
「変わりないな、体調はどうだ?」
「30半ばになるとメンテナンスが大変で、今日もメンテナンスしに行ってたよ!」
「めっちゃ女子は大変だよね、オレ男で良かったわ」
「大変だと思うなら、今日奢ってね」
「考えておくわ」
数年のブランクをも感じさせない会話がそこにはあった。
今までの人生で、一対一で、元カノに会うという行為が初めてだったが、よりを戻すつもりはあったのか。分からない。ただ戻すことによって、この子に迷惑をかけるということは明白だった。
私は会社の経営者でもないし、資産家家系でもない。いち会社員であり、一般民族である。
この先、私の身体が動かなくなり、仕事も出来なくなり、お金も尽き、路頭に迷う。そんな人生が待ち受けているかもしれない状況で、よりを戻して付き合いたい、なんて私には言えるはずがない。身勝手に接していた当時。そして今、彼女にはもう迷惑をかけたくはなかった。
土曜日の田町は、平日の夜に比べれば静かで、私達が入った居酒屋は、古いJAZZが流れていた。確かビリー・ホリディだったような気がする。店員にはカップルだと思われているのだろうか、店内には、私達以外客の気配がなく、奥の個室に通された。
目の前の数年ぶりに会う元カノに私は病気の説明をし、この先どんなことが起きて、どんなことに困るのか、彼女は全てを、大人しく取り乱すこともなく聞いてくれた。
一通り話し終えた後、私は2杯目のビールを注文しようと呼び出しボタンを押している。
久しぶりに会う緊張からなのか、顔は熱いし脇汗がにじむ。少しだが酔いが回っているのか、早口だったような気がした。
「私も病気のこと、私なりに調べてたよ。最初は驚いたけど、でも会おうって誘いがきて、まだケンイチは大丈夫なんだって思って会うことにしたんだ」
火照っている私とは対照的に、彼女は冷静に話し始めていた。彼女は私の口から聞きたかったんだろうか、説明を聞き終わるまで話を中断させないように、全てを聞き終えてから話してくれた。