【前回記事を読む】数年ぶりに会う元カノに、自身のALSという病気について説明した。「よりを戻して付き合いたい」なんて、言えるはずなかった。

2 退化

田町① 2012年

私は右手を見つめながら、ジメッとした空気と一緒に煙を喉の奥に通す。 ヒデジの店は、田町にあるスポーツBAR THC。

その名の由来は諸説あるが、田町変態倶楽部、だったり、トクナガヒデジカンパニーだったり、マリファナの成分からきてるだったり、開店当初は全て300円だったらしいので、スリーハンドレッドクラブだったり、と謎だらけな店だ。

常連も個性豊かな人が多く、特に私を可愛がってくれていたのは、映像グラフィック関係の仕事をしているアキラさんと、出版社に勤めているヨウコさんのシオザワ夫婦。

矢沢永吉を崇拝しきっていて、身も心も喋りも矢沢永吉になりきっているが、どう見ても哀川翔にしか見えない不動産屋のサカモト社長だ。

毎週金曜日になると誰が呼び寄せたでもなく、パラパラとTHCに集まるというか導かれる。BARにしては安いが、たまに酔っ払ったヒデジに適当に勘定されて、多く請求されるのに憎めない空間。不思議な店だ。

雑居ビルの3階にあるワンフロアの縦長の店は、エレベーターから降りるとガラス越しのカウンターの中にいる、ヒデジと目が合う作りになっている。

3階のエレベーターから降りた私達を見て、ヒデジは驚きと共に、ニコニコの笑顔でこちらを見ていた。

「サエちゃん! どーしてこんな男と! さては貴様、無理矢理誘ったのか!」

もう既にキマっていたヒデジは、興奮した状態でサエの手を両手で握りしめ、一向に離そうとはしなかった。

私は先にカウンターに座り、店の大型テレビに目を移す。巨人vs横浜の試合中継が流されている。

4対4、どうやら延長戦に突入しているようだ。

ほどなくして隣にサエが座った。

私はレー●ンブ●イを頼み、彼女はス●ノフア●スを頼んでいる。5年前と同じ光景に、ヒデジは野球中継のことなど、お構い無しにサエに話し掛けていた。

「今なんの仕事してるのか? チエチエ(上司)とは連絡取ってるのか? 彼氏はいるのか?」