【前回記事を読む】元カノの手を握ると、俺の手を握り返してきた。「彼氏いるのに、何で俺と会ってくれたんだ?」と聞くと、彼女は俺の目を見て…
2 退化
芝浦② 2012年
夏の暑さも和らぎ始めた9月下旬、小学校時代の同級生と地元で飲んだ帰り、終電ギリギリで田端駅から山手線に飛び乗った。
時刻は0時30分。平日深夜車内には人がパラパラといる、ちょうど田町には1時前には着く。
私はポータブルプレイヤーのスイッチを押し、残りの約30分間をフィッシュマンズのアルバム『空中キャンプ』に委ねた。オープニングナンバーの『ずっと前』のノスタルジーなインストが、イヤフォンからダイレクトに右脳を刺激する。
日暮里駅を過ぎた辺りか、気が付けば目の前に大学生であろうカップルが腰を掛けている。
私はふと高校生の頃に付き合っていたメグミを思い出した。
当時毎回といっていいほど、日暮里か上野で待ち合わせして会っていた。高校生カップルなんぞ金もないし、行けるところも限られている。
私達は毎回カラオケボックスのフリータイムを使いデートを繰り返していた。カラオケに飽きたら上野公園まで歩くという、今考えたら、とてつもなく無駄足なデートだが、高校生カップルの体力というのは凄まじいモノで、何をするにも苦ではなかった。
毎回メグミの地元の北千住まで常磐線で送り届けて、私は日暮里で山手線に乗り換えてたなと、フィッシュマンズのメロディーに乗せて、そんなおセンチな気分に浸っていたところ、目の前のカップルがイチャつき始めた。
ちょうど鶯谷駅を越えた頃だ。鶯谷で降りろよなと思いつつも、学生は金ないもんなと、擁護する気持ちが上回り、私は彼らの邪魔にならないように車両を変える。
右隣の車内も比較的空いていて、私はちょうど中間位置の座席に腰を掛けた。
次の停車駅、上野駅から乗ってきた女性は、今にも倒れ込むのではないかと思うほどフラフラな状態で、私の目の前の座席に座る。
と、すぐさま女性は携帯電話を落とす。フラフラになった身体で目一杯前屈みして携帯電話を拾う。私は酔っ払ってるであろう女性が気になってしまい、席を移動することが出来ずにいた。
神田駅を出た頃には目の前の女性は、完全に眠りこけていた。そして、東京駅に到着したと同時に再び携帯電話を落とした。
数秒ほど見守ってみたが、一向に起きる気配がない。私は立ち上がり女性の携帯電話を左手で拾い、そっと女性のカバンの上に置いた。どうやら本気で寝てしまっている。
気が付くこともなく、山手線は東京駅を出発している。私は席に戻り動かしにくくなった右足首でリズムを取りながら、音に浸る。