田町① 2012年

スポーツ中継のアナウンサー実況が好きで、今でも動画サイトを見返すことがある。

思い出のスポーツ中継の実況といえば、何を思いつくだろうか。

私は杉本清が思い浮かぶ。

そう競馬の実況でお馴染みの、世代には分かるのかハンマープライスでお馴染みの。

数ある名実況の中から、私が挙げるのは、マヤノトッブガンが制した春の天皇賞。

当時私は中学生であった。

競馬ゲームが大ヒットし、私ものめり込んでいた。必然と実際の競馬にも興味が湧き、その中でもマヤノトップガンという馬に惚れ込んでいた。綺麗な茶色の馬体に緑と黄色の勝負服。対照的なコントラストが美しくもあった。そしてこの春の天皇賞での杉本清の実況が個人的には伝説だった。

道中

「16頭をもう一度整理しましょう、先頭を行く10番 …… ドキドキしますねー、本当に」 実況も実況を楽しんでいるのがうかがえる一コマがあり、最後の200メートル直線。

「大外から何か1頭突っ込んでくる」「トップガン来た! トップガン来た! トップガン来た!」 当時生中継で見ていて、デカイ影が大外から突っ込んできた!と思った私と同じ言葉で表現してくれた杉本清。本当に視聴者目線の名実況だ。

思い出の声。そんな声が通話ボタンを押せば聞ける。数年ぶりの会話は、目の前に訪れている。最終回はノルウェーの風のように冷たかったあの声が、最後に聞いた声から上書き保存できるかもしれないというのに、私は躊躇していた。

躊躇うのも、仕方がない。酔っ払い過ぎて舌が回っておらず、運転手にも道を伝えるのが、億劫だったんだ。

次回更新は7月18日(金)、20時の予定です。

 

👉『Return Journey』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】一通のショートメール…45年前の初恋の人からだった。彼は私にとって初めての「男」で、そして、37年前に私を捨てた人だ

【注目記事】あの臭いは人間の腐った臭いで、自分は何日も死体の隣に寝ていた。隣家の換気口から異臭がし、管理会社に連絡すると...