【前回記事を読む】最初の異変に気が付いた夜は、カレーを作っていた。芋を乱切りしていると、突然右手の親指と人差し指の間に熱い感覚を覚え…

1 始動

武蔵小山 2009年

彼女は言った。

「あなたは何も分かっていない。私がどれだけあなたを心配していたか」

「あなたは全て上辺だけなんだ。もうあなたの言葉遊びには付いていけない。だからサヨウナラ」 

彼女はいつも冷静でタフだった。彼女が正しいのは分かっていて、だから私も冷静さを失うことはなかったが、彼女の目線と発せられた言葉はとても冷たい風に乗り、12月の武蔵小山の風はまるでノルウェーの突風かのように、私の視界と喉に突き刺さった。ノルウェーには行ったことないけど。

 

2007年7月、自分の体調のことなど二の次で、今、楽しければいい、そんな生活を送っていた20代半ば、20歳から始めたDJ活動も軌道に乗り始め、自分がオーガナイズするイベントも立ち上げ、夜な夜な交遊関係を広げようと、次の日の仕事をも恐れずに出歩いていた。

当時、渋谷・新宿・下北・吉祥寺などのライブハウスでは、週末になるとオールナイトでロックDJが入れ替わり立ち替わり旬の邦楽洋楽ロックを選曲しては、オーディエンスを沸かせていた頃。私も見よう見まねでDJ活動に参加していった。

そんな中で出逢った彼女は、派手な外見と裏腹に冷静でタフだった。別にDJを聴くのが好きなんじゃない、先輩に誘われただけだ。なんなら早く帰りたい。演者の私に打ち明ける肝の強さに、一瞬で心酔した。

今日が終わったら、次はないことが目に見えていた。幸いお互い住んでいる場所が比較的近く、職場も隣駅だった。

「始発電車に揺られて帰るのはしんどいでしょ? オレの出番終わったら明日朝早いって言って抜け出すからさ。オレ払うし一緒にタクシーで帰ろうか」 

一か八かで誘ってみた返事は、OKだった。