60年代の異国ですれ違った日本人観光客

姉と一緒だった最初のローマで、私たちは数少ない日本人観光客の一人と出会いました。ヴェネト通りのカフェでカプチーノを飲んでいる私たちに、若い男の人が気さくに話しかけてきたのです。

「君たち日本人?」

東京を出発して以来、どこへ行っても異国の言葉に囲まれていた私たちは、久しぶりの日本語に、ふと懐かしさを感じ、その青年に愛想よく笑顔で応対しました。

60年代には、海外で日本人に会うと、よく挨拶を交わしたものです。異国で出会った数少ない同胞という意識を強く感じたからです。

それだけ外国旅行は、当時の日本人にとって貴重な体験だったのでしょう。その後、70年代に入ると大量輸送時代になり、どこの国へ行っても日本人観光客があふれるようになりました。

そうなると、冷たいもので、日本人同士がお互いを無視するようになりました。私が姉と旅行したのは、海外旅行が貴重な時代でした。

まだジャンボ機が就航する前で、パック旅行もなかった時代です。海外旅行は一般庶民には負担が大きく、誰でもすぐに出かけられるというものではありませんでした。

したがって、日本人観光客と異国で出会うことは、滅多にないことでした。その青年もきっと、遠い異国で出会った懐かしさのために、話しかけてきたのでしょう。

彼の自己紹介によれば、青年は医師で父親と一緒にヨーロッパを旅行中とのことでした。彼らはローマのグランドホテルに宿泊していました。私たちの宿泊しているメトロポールより数段格が上の高級ホテルです。

彼と話している最中に、私たちの横を、女優のブリジット・バルドーが通り過ぎました。彼女はちょうどカフェから出ていくところでした。