六、 タイヤの不思議

バンド活動は楽しい思い出として心に残っているが、これはあくまでも終業後の趣味の領域である。

加藤自身の技術開発センター勤務での本来の業務はタイヤの性能を室内試験機を使って測定することであった。

ここで、学卒で入社は二年先輩の田島作治(たじまさくじ)からタイヤについてのとても重要なポイントとなる基礎をいくつか教わった。年齢では彼は加藤より六つか七つ上ということになる。

彼の教えはものごとの本質をついたものであり、タイヤのみならずもっと普遍的であるように思えた。だから加藤はそれを生涯の座右の銘のように大事にし続けた。

「加藤君、タイヤというのは不思議な力を持っている。知りたいか?」

「はい田島さん、知りたいです。教えてください」

「では三つ言う、いいか」と田島が言うと加藤は身構えた。

「車が真っ直ぐに走っている時に、タイヤからは横向きの力は出ないんだよ。だから車はふらふらせずに真っ直ぐに走れるんだ。もちろん厳密に言えば、微妙に横向きの力は発生するのだが、それは今は考えなくて良い」

「はぁ??」

「ところが、運転手が少しでも右か左にハンドルを切れば、直ちにタイヤに横向きの力が発生するのだ。だから車は曲がることが出来る。これがタイヤの不思議、その一だよ」

「なるほど、その一ですね。その二は何でしょうか?」

「道路に石が転がっていたとする。その石をタイヤが踏めばどうなる?」

「ポンと飛び上がります」

「飛んだあとどうなる」

「ポンポンと跳ねますが、少しずつ収斂して跳ねがなくなると思います」