七洋商事アルジェ駐在員事務所で加藤は北山所長に挨拶をすると、北山は、
「ご苦労様です。加藤さんには明日、アルジェから南へ千キロのハッシメサウドというサハラ砂漠の中の石油基地へ移動していただきます。
石油公団専用のチャーター便で飛びますが、その便には一席しか空きがなかったので、今回は加藤さんだけでお願いします。航空運賃は公団職員はほとんどタダ同然のようですが、部外者は有料となりますのでご了解ください」と加藤に告げた。
「ありがとうございます。航空運賃はもちろん当社持ちとさせていただきます」と加藤が頭を下げると、
「ハッシメサウドに近いオアルグラ空港に着いたら、石油公団の技術者がお迎えに伺うことになっています。ところで失礼ですがフランス語はどうですか?」と、大田原がすまなそうに首をすくめて聞いた。
「カイロで個人教授に日常会話を付け焼刃的に習っていますので、ほんの片言は出来ると思います。只、私の仕事は人間とではなくタイヤと会話をすることですから、フランス語はそんなに必要ないと思います」
そう言いながら、まだ正式に七洋商事を代理店として決めているわけではないから、密着アテンドが出来ないのは当然だな、と加藤は思った。
確かにこの時点ではニホンタイヤのアルジェリアにおける代理店はまだ確定していなかった。
「なるほど、宜しくお願いします」大田原が再び申し訳なさそうに首をすくめた。
その晩はオフィスの隣にある小さな一つ星のホテルに泊まり、翌早朝、運転手のシャドリが迎えに来て、アルジェ空港へ向かった。