技術サービス担当の加藤は熊本県出身で典型的肥後もっこすの二十九歳のエンジニアだ。
彼は一九七五年三月にレバノンのベイルートに赴任したが、レバノン内戦勃発により、エジプトのカイロに転任となった。一九七六年五月から家族と共にカイロに駐在している。
ちなみに〈肥後もっこす〉とは、曲がったことがきらい、一本気、頑固者、などの意味がある。
彼の職務は、市場での顧客のタイヤの使い方を調査し、その使用に適した商品はどうあるべきか、自社の商品品質はそのあるべき姿になっているのか、他社との相対的な位置づけはどうか、次に打つべき手は何か、等々を東京本社と技術開発センターへ報告しアクションにつなげることだ。
カバーしている市場は、東アフリカ、特にスーダン、エチオピア、ソマリア、それに西アフリカのナイジェリア、アイボリー・コースト、ライベリア、そして北アフリカのリビア、モロッコ等であるが、それに今後はアルジェリアが加わることとなる。
カイロを拠点に広大な地域をカバーしているので、出張が多く、妻と二人の幼な子の面倒を見る余裕はほとんどない。
住居はカイロ市内を流れるナイル川の中の島ザマレクにあるアパートだ。
一階部分(日本での二階)がキプロス大使館になっており、銃を持った警備兵が常時見張っている。
出張の多い加藤にとっては、家族を守ってくれているようで、心強く思っている。もちろん実際に何か事が起きた時に、関係ない家族を守ってくれるわけはなく、あくまでも心理的な面だけではあるが。
加藤が出張からカイロへ帰着するフライトは大抵夜中だ。空港へは運転手が社有車で迎えに来ている。