【前回の記事を読む】母がこっそり消費者金融に送金している“夢”を見た。そう話すと、母の顔が硬直した。そして数秒の無言の後に「実は…」と…

第二章 子育てから学ぶこと、学んだこと

東京はその日は程よい暖かさと午前中は晴天で、日中の幼稚園活動は徒歩でのミニ遠足で近所の公園まで出かける保育活動の日であったこともあり、まだ幼稚園児。そして週末の金曜日。子供たちは少し疲れた様子でした。

昼過ぎから厚みを増した雲が広がり始め、激動の始まりを予感させるような鉛色の雲が園庭の少し向こう側に広がりを見せ始めました。

「空もなんだかへんな雲が出てきたしそろそろ帰ろうか?」

「そろそろ帰るよ~」

と子供たちと共に幼稚園を後にしました。幼稚園の門をそれまで一緒に遊んでいたメンバーとくぐり抜け、それぞれの自宅の方向へと散っていきました。

自宅が同じ方向の親子とその日も途中まで一緒に帰ってきました。交差点へ差し掛かると「今日はちょっとコンビニへ寄って帰るから、ここでバイバイね」と友人親子はコンビニに寄るとのことで、交差点で手を振って別れました。

その信号から約400メートル先の自宅マンションのエントランスをくぐりエレベーターに乗り5階まで上がり、我が家に娘と部屋に入り「手洗ったらオヤツにしようね」と声をかけ、娘が洗面所へ手を洗いに行ったと思った数秒後……。

「ママ~電気が消えた!!」

「え!? 電気消えた?」

と思った次の瞬間、とてつもない大きな揺れを感じました。地上デジタル化で買い替えた50インチの大型液晶テレビは大きく前後に揺れ、娘は私のもとへ駆け寄り、私は大型テレビを支えながら、娘の安全を守り幸いなことに家具の転倒やケガもなく揺れは数分後にはおさまりました。

情報を得ようとテレビの電源を入れても何故かつきません。ベランダの外からは防災無線が流れています。とても大きな地震がきたこと、余震に注意してほしいこと、何度も何度も繰り返し流れていました。

部屋の電気もつきません。携帯電話を見ても何故か「圏外」の文字。当時は回線契約をしていた固定電話の受話器を上げても「ツー」という音が流れ回線が切れている状態とわかりました。