【前回の記事を読む】陣痛室で8時間苦しみ、さらに出産直前にさい帯離脱発生で緊急帝王切開! 親子で生死をさまようことに…
第二章 子育てから学ぶこと、学んだこと
赤ちゃんはすぐにNICU(小児集中治療室)に入院。酸素管理、温度管理のされた保育器でしばらくの時間を過ごしました。医師からは、
「酸素が脳に15分程度届いていない状態(脳症)で生まれてきているので、将来は何かしらの障がいが残ることを覚悟してください。歩けない可能性もあります。車いす生活の覚悟もしてください」
見た目は普通の赤ちゃん。生後3カ月から担当医師に紹介していただいたリハビリ専門の大きな病院での理学療法の運動訓練が始まりました。
本来なら6カ月以上先まで予約でいっぱいの初診の診療も、幸運なことにキャンセルが出たとのことで、電話連絡をした3カ月後に初受診。
このような幸運というのも、生きるべき命、進めるべく人生を神様が後押ししてくれているからだと思います。
この通院の目的は早い段階から手足を動かし、訓練を重ねることで脳にも刺激が届き、脳症回復のためのリハビリが始まりました。
病院は自宅から公共交通機関を利用して片道90分。
当時は車を所有していなかったので、どこに行くにも公共交通機関を利用する移動しかできませんでした。
晴れた日にはベビーカーを押しながら、雨の日は抱っこ紐に大きな荷物を抱えての通院は、肉体的にも大変でした。
地域の赤ちゃんサークルにも通えず、日々息子と2人での生活。ある時に息子を抱っこしたまま足をすべらせて膝を痛めてしまったのですが、息子を見てくれる人もいないので整形外科の受診をせずにそれがきっかけで足を悪くしました。
どうして、あの時誰かに「助けて」が言えなかったのだろうかと後悔をしています。