ただの狩人の群れとはとても思えない。先頭きって進むいちばん若い男が前方に見える小高い丘を指さすや、

「見ろ。カドメイアが望めるぞ。英雄カドモスの築きし、われらの故郷『テーバイ』 は、すぐそこだ」

声をはずませ、仲間たちをふりかえり、

「今夜、カドメイアからスパルタ兵を駆逐し、テーバイを解放するぞ!」

雄々しく宣言する。鍛え上げられた体躯(たいく)、精悍な顔立ちが印象的な青年だ。強い意志を湛(たた)えたまなざしと情熱を込めた語り口は、常に同志たちの闘志を掻(か)き立てた。

「ペロピダスは、たのもしいな」

「ああ。この三年、アテネで心折れずに亡命生活を送ることができたのも、祖国解放の志(こころざし)を胸に抱きつづけることができたのも、みな、ペロピダスの励ましと指導力のお陰だ」

背後につづく男たちも高揚した顔を上げ、テーバイの中核となるアクロポリス・カドメイアの丘を望んだ。

彼らが目ざすテーバイの町は、ボイオティアのちょうど真ん中に位置する、この地方きっての有力都市だ。

神話の時代に英雄カドモスが築き、酒神ディオニュソスや英雄ヘラクレスが誕生し、オイディプス王の悲劇が起こった、ギリシアでも有数の伝説に彩られた古き都として名を馳せ、「七つの門の聖なる砦(とりで)」と讃えられていた。

だが、神話と伝説に彩られた物語の宝庫テーバイは、いまスパルタ軍の占領下に置かれ、厳しい隷従の軛(くびき)につながれていた。

スパルタ軍の占領支配が始まったのは、これより三年前、紀元前三八二年のこと。

三年前の秋、スパルタ軍が北方オリュントスへの進軍の最中、テーバイ近郊に陣を構えていると、テーバイの寡頭派(かとうは)、レオンティアデス、アルキアス、フィリッポスが、スパルタの軍隊を背景に政権を奪取せんと、スパルタの陣地を訪れ、スパルタ軍の指揮官フォイビダスに向かって、じつに魅惑的な、しかし祖国にとっては背信的な言葉を囁(ささや)いた。

「いま、テーバイのアクロポリス・カドメイアでは、デメテル女神に捧げる祭礼テスモフォリアが行われている。この祭りには女しか参加できない。ゆえに、今宵のカドメイアには女どもしかおらぬ。占拠するには、またとない好機だ。カドメイアを襲撃して女たちを人質にすれば、テーバイの男どもは手も足も出せぬ」
 

 

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