【前回の記事を読む】「大丈夫?」「人間にはわからないはず」食通たちの味覚を騙せ! ――カギとなるのはAI

第3話 最高のスープ

「すみませんが、請求伝票です。本社のデータベースに口座登録がなかったので、プリントアウトしてきました。サンプル試供でも、費用請求する決まりなんで。最近、監査室がうるさくて」

破滅を免れた玲蓮は、いくらでも払う心の準備はしていた。

「おいくらかしら」

玲蓮は威厳を持って背筋を伸ばし、受け取った請求明細に目をやる。

A4ペラ1枚に、各アミノ酸・核酸成分・ミネラル・タンパク質などの量・単価が並び、リストの一番下に合計金額が出ている。

「え」

玲蓮の表情が気になった宮澤が付け加えた。

「これ税抜き価格なんです、試作の試供品なのに、すみません。ちょっと高いすかね、でもこれ原価なので値引きはできないんですよ」

玲蓮はあまりの廉価(れんか)に愕然とした。

大型の高級車が何台か連なり、レストランビルのエントランス前に到着した。ビルの前では、スーツ姿の玲蓮を先頭に、純白のコック服の料理長、副料理長たちが居並び、慇懃(いんぎん)に来客を迎え入れ、エレベーターで上階に案内した。

スタッフの緊張をよそに、年老いた来客たちは、偉ぶるところなど全くない。腰も低く、優しい笑顔をもって、出迎えのスタッフ一人一人に丁寧に声がけしてゆく。

8人の長老はまず会議室に入った。茶が提供された後はドアが閉ざされ、玲蓮すら立ち入りは許されない。何の会議かは知らない、少なくとも議題の一つは玲蓮の会社の決算状況の精査だ。その間、玲蓮はレストランの特別室にあって、宴席の準備に集中した。社の決算は問題なく黒字をキープしている。心配は最初のスープの試飲だ。

玲蓮は心の担保を用意していた。出張を装わせ里見を呼び出し、ホテルに待機させていた。どちらに転んでも里見の抱擁を受けられる。