【前回の記事を読む】人為的ミスにより最高のスープが消失……?! 「何が起こったのか知っているのは、私と貴方だけ」

第3話 最高のスープ

「長老たちには気づかれないわ、スープ以外は」

「長老ってグルメ会的な、お爺さんたちとか?」

「あなたの会社の10や20、簡単に買う資力があるのよ」

「華僑?」

「厳密には華人。華僑の流れをくむ人たち。でももう中華人民共和国にも台湾にも籍はない人たち。今は世界各地にいる。ニューヨーク、ロサンゼルス、シンガポール、ストックホルム、ミラノ」

「君もその華人で、しかも社長だろ。正直に説明したら」

「私なんか、彼らから見れば、使用人よ」

玲蓮は額に手を当て、自分の身の上話を始めた。

「料理人の父は北方系で、先祖は清の朝廷に仕えていた廷臣らしい。母は南の福建省の酒家の娘。母が長老の融資を受けて日本で店を開いて大きくした。父も母も亡くなり、私がここを引き継いだ。

私には、北と南の中華料理がわかるの。満漢全食はね、清と漢が統治した中華全域の料理が出せるという意味。だから、私にスープが託された。もしこれが知られたら、私はどうなるかわからない」

里見も、玲蓮のことが心配になってきた。

「まさか殺されたりはしないだろ」

「それはない。それより彼らの信用を失うことが怖いの。彼らにとってこの世界は、お金じゃないの。信義がすべて」

「でも差し替えたら、その信義に反するだろ」

「お願い助けて。どうなるかわからないけど、このままでは私、破滅することは確か」

「どう助ける?」

「お願い、再現して。展示会で言っていたでしょ。どの料亭のだしも再現できるって」

「基本的には旨味はアミノ酸の組み合わせだから、自社で同じ味を人工的に作れる。だけど原体が焦げては再現できない」

「サンプルはまだあるの。2リットルずつだけど。鍋に加える食材との相性をチェックするためサンプリングで取ってある。さっきあなたが試飲したもの」