「彼らは普段から贅を尽くしているから、味に敏感で抜群の感性を持ってる。最近、指示を受けた具材は、赤鍋には鹿の内臓や乾燥編笠(あみがさ)茸、アヒル・アスパラガス。白鍋は干しアワビや冬瓜、黒海老・マナガツオに日本白菜」

里見は、いったいスープ一つにいくらかかっているのだろうかと、原価を想像してみた。

「赤鍋・白鍋はどれも準備万端のはずだった。でも肝心のスープがないの」

「コガして駄目になったってことか? 何があった?」

「横浜に伝承された時に、熱源は電気に替え、今は最新のIH加熱のステンレススチールの寸胴に替えたの」

「見るからに特注品だな」

「そうよ。18億円かけたこのビルで、この鍋の部屋や設備部分には4千750万円はかけたわ。自動制御で24時間管理するために。それを、あのバカが」

「バカ?」

「いえ、最終的に私の責任」玲蓮は一呼吸して、自分を制して言い直した。

「説明しろよ」

「この鍋は調理長と数人のコック、まあ主任以上しか触ってはいけないことになっていた。春節で料理長と副料理長の帰京が重なって、その間、加水作業だけアルバイトの子に任せることにしたの。アルバイトでも管理できるようにマニュアルを作ったの」

「こんな高価なスープをバイトに任せたのか」

「水を足すだけの単純作業だったから」

「副料理長が、私がExcelで作った手順マニュアルをコピペしてアルバイトに渡したの」

「それで」

「私、ミスした。マニュアルはExcelで書いたけど、水の量を入力するセルの書式設定が、ユーザー定義で単位がmlになっていたの。大学生のバイトはその通り20mlしか水を足さなかったの。本当なら20Lなのに」

玲蓮は天を仰ぐように顔を上げ腕を広げるようなジェスチャーをしてみせた。日本人には大袈裟だが、彼女には自然な感情表現なのだろうと里見は思った。