2 『贋作』ーー紳士同盟のゆくえ
『太陽がいっぱい』のラストシーン。ギリシャへ向かう船の中でリプリーはこんなことを考えていた。
『画家になりたいとは思わなかったが、金さえあれば、気に入った絵を収集したり、才能のある若くて貧しい画家を援助したかった。それは最高に楽しいだろうという気がした』(『太陽がいっぱい』三九四‐三九五頁)
『贋作』でリプリーはこの想いを歪んだかたちで実現した。彼自身の趣味と実益を兼ねて。彼の詐欺師としての才能を駆使して。
田舎紳士リプリー
ディッキーの遺産を騙し取ることに成功したリプリー。
あれから六年がたち、三一歳になった彼は、フランスのヴィルペルス(パリ国際空港から南へ六五キロ、フォンテーヌブローから二〇キロほど離れた架空の村)という小さな村で、あこがれの田舎紳士になっていた。
彼は二八歳のとき、フランス製薬会社社長の娘エロイーズと結婚。エロイーズの父からプレゼントされた豪勢なお屋敷(三メートルの鉄門!)で暮らしている。たまにロンドンに出かけたときは、おきまりの儀式のように、紳士用品店(原文Haberdashery。前掲)で絹のパジャマを購入する。
そんな贅沢な暮らしぶりだが、彼には地代収入はない。成りあがりのリプリーは田舎紳士の仮面をつけているだけだ。だが、オリジナルとコピーを並べて、これは本物であちらが偽物と区別することにどれだけの意味があるのか。『太陽がいっぱい』に続き『贋作』でも、このテーマについてわたしたちは考えさせられることになる。
なぜフランスに定住したのか
なぜリプリーはフランスに定住したのか読み解いてみよう。ヒントをくれるのは、『アメリカのデモクラシー』のトクヴィルとほぼ同時代を生きたフランス人作家スタンダールの『赤と黒』だ。その中で、主人公ジュリアンにシェラン司祭が訓戒をたれた。
『いいかな、聖職者に向いていないのに、聖職者になるくらいなら、尊敬すべき教養あるりっぱな田舎紳士になるがいい』(新潮文庫上巻八六頁)
野心家のジュリアンは、軍人で出世することがかなわず、立派な聖職者にもなれそうにない。そんな彼にシェラン司祭がすすめる。成りあがりたければ田舎紳士になりなさい、と。
ジェントルマン発祥の地イギリスでは、地主=ジェントルマンという正統派のコースを歩まず(歩めず)、「疑似ジェントルマン」(註2)になって生計を立てる社会階層が形成され、ジェントルマンになるための身分的な障壁は存在しなかった。
これに対してフランスは、イギリスに比して身分の流動性は低く、田舎紳士への道は狭き門だった。この伝統が根づいているフランスこそ、ヨーロッパで正統派紳士=カントリー・ジェントルマンになることを目指したリプリーにうってつけの国だ。
また、フランス語はヨーロッパ上流社会の共通語であったことも、上流志向のリプリーにとって、フランス定住の決め手になったのではないか、と筆者は想像する。
(註1)パトリシア・ハイスミス著『サスペンス小説の書き方』フィルムアート社刊。一〇七頁。
(註2)土地財産を有していることこそが真正のジェントルマンの証であり、何であれ勤労によって収入を得ている限りは本物のジェントルマンではなかったため、後の研究者は彼らを「疑似ジェントルマン」と呼ぶ。「疑似ジェントルマン」については、川北稔著『工業化の歴史的前提ーー帝国とジェントルマン』岩波書店刊参照。
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