もちろん、最初はうまくいかなかったが、毎日のようにやっていたことと、その後も時折杉田さんが教えてくれて、そのうちできるようになり、いつのまにかボールもなくさなくなっていた。そして杉田さんも、時々318号室に遊びに来てくれるようになった。

ある日、ちょっと油断をして、久し振りにボールがブロック塀を越えていき、隣家の庭に打ち込んでしまった。

やれやれと、新しいボールを取り出して、打ち直そうと思った次の瞬間、壁の向こうから一人の男の顔が飛び込んできた。

想定外の出来事と、壁の上に跨る男の様子に驚き、てっきり怒られるのかと思って緊張した。

「これ、君のだよね?」

その手には、ビニール袋に入ったたくさんのテニスボールがあった。

「いつか返そうと思って、とっておいたよ」

よく見ると壁に跨った男は意外に若かった。予想外の出来事にあっけにとられていると

「俺、高校の部活でテニスやりたかったんだ。でも経験者ばかりであきらめたけど。俺にも教えてくれ」

彼は高校生だった。怒られると思ったらまさかの展開。戸惑いながら、僕も全くの初心者であることを告げ、教えることはできない、と丁重に伝えた。

が、彼はそんな僕の話を無視してお構いなしに壁を乗り越えこちら側に飛び降りてきてしまった。

 

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