駐車場が見える客室の窓から、僕が壁打ちテニスを始めると、決まって眺めている人がいるのは気づいていたが、この日はついに降りてきて、僕に話しかけてきた。

「スライスのほうが簡単だけど、球が上がりやすいからね。時々ボールが壁越えてなくしているのを見て、もったいないなぁと。いつか言おうと思っていて」

確かにその通りだ。気をつけて打っているつもりでも、時々球は壁を越えて、2階建ての一軒家の隣家の庭に打ち込んでしまい、そのたびに、新しいボールを取り出さねばならなかった。ただ、わかってはいたけど、ドライブが僕には難しく、やっていなかっただけだ。

話は少しだけ遡る。

中学に進学すると、テニス部に入った。テニスに強いこだわりはなかったが、アメリカの大学に入学していた兄が、中高とテニス部だったのでなんとなく選んだ。

でもその低い志が災いしたのか、1年生はボール拾いばかりやらされて、一向に打たせてもらえず、それが面白くなくて、殆ど部活には出ていなかった。

そんな状況ではあったが、僕がテニス部に入ったことを兄は喜び、日本でのわずかな期間の滞在で一時帰国した際、お土産にアルミ製のテニスラケットをプレゼントしてくれた。

ちょうどラケットは木製からスチール、アルミへと変化を始めたタイミングで、その〝はしり〟のラケットだった。

ブリッジの赤いプラスティックに白文字で「HEAD」と書かれているデザインがカッコ良かった。部活には出なくなってしまったが、このラケットを使いたくて、壁打ちテニスを始めたのだ。

バックハンドのドライブを勧めようと、話しかけてきたのは杉田さん。杉田さんは大学時代にはテニス部だったそうだ。

僕は杉田さんに、ドライブは難しくてできないと説明すると、そのコツを教えてくれた。その場でドライブをかけるのではなく、前に踏み込むこと、ラケットを振るのは軽くてもかまわないから体重移動だけはしっかりすること、横より縦方向を意識すること……など。