【前回の記事を読む】「ママの代わりなんてしてほしくないんだ!」優しさに甘えて出てしまった咄嗟の叫びが木霊する。

318号室の扉

初恋

それから僕の専属家庭教師となった奈々さんは、自分の部屋の椅子を僕の部屋に持ってきては、宿題を手伝ってくれた。奈々さんと出会う前は、学校から宿題を出された日の気持ちはブルーだったはずだが、今は喜々として下校する。

宿題がない時はその日の授業のおさらいをしてくれた。狭い部屋なので、椅子は二人並んで座れない。机の横に90度に向き合って座ってもらった。

教科書から目を離し、顔を上げれば奈々さんの横顔が目の前だ。その日も顔を上げて、奈々さんの美しい横顔をいつもより少し長く覗き込む。

「何?」

「自分の勉強だけでも大変そうなのに、いつも僕の勉強まで見てもらっていいのかなって」

「ばかね。私にとっては中1のお勉強は、足し算や引き算教えることと変わらないくらい簡単なことなの。気にしないで」

「それとね。試験勉強、長時間やっているとやっぱり疲れて飽きちゃう。ここに来るのは気晴らしにもなって楽しいの。だから暫くやらせてね」

僕は、この幸せな時間がいつまで続くのか不安だったが、この言葉を聞くと、安心して続きを終えた。

そしてある日。

「ボク、今度の土曜日空いてない?」

「うん」もちろん予定なんかない。

「私の友達が車で遊びに来るの。横浜までドライブしようか」

「それからね、その車、きっとボクが好きな車だと思うよ!」

数日経ってその土曜日はやってきた。そして奈々さんはとても楽しそうだった。アジア会館の駐車場に止められた、スタイリッシュなその真っ赤な車は、大きなスポーツタイプの車だった。エンブレムには「MUSTANG」と書いてある。彼女が言う通り、車は確かにカッコよかった。

でもそれ以上に奈々さんの友達の「伊藤さん」がカッコよかった。そして醸し出す雰囲気が奈々さんと似ている。おしゃれだけど落ち着いた服装。おっとりした感じ。

「奈々が、勉強仲間ができたって喜んでたよ」……。おまけに優しそうだ。

可愛いイルカの絵とおしゃれな字体で「Dolphin」と書かれた看板のお店は、中に入ると海が見える素敵な景色が広がっていた。二人はここがお気に入りで、その後も三人で何度か訪れた。

デザートを食べたり、テラス席で海風にあたって和んだり。一度だけ夕飯もここで食べたことがある。昼時の雰囲気と打って変わってホテルのようで、この時は少し緊張した。夜は夜景が綺麗だった。