プロローグ
朝の七時半をすぎたばかりなのに、ガラス張りの巨大なビル群に真夏の太陽が反射し、額から汗が滴り落ちてくる。
十四歳になったばかりのルリエは、母親と一緒に新宿駅へ向かった。学校は、昨日から夏休みに入っている。小学生の頃から病気がちだったルリエは、医師の勧めもあり、毎年長い夏休みの大部分を、母親の実家である信州の山の家ですごすことにしていた。
北アルプスの麓にある山の家には、祖父の仙吉と祖母の美千代と、ヤギのミーコと柴犬のポチがいる。辺りは深い緑に包まれ、昼間でも三十度を超えることがほとんどない。
「ルリエ、じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんの言うことをよく聞いて、元気でいるんですよ。勉強もちゃんとやりなさい。お母さんもお盆には行きますって、おばあちゃんに言っといてよ」
流行りのナップザックを背負って、特急あずさに乗り込むルリエに、母親は笑顔を向けた。
満員のあずさ号は、時間どおりにビルの街を発車する。
今年は六月になってもあまり雨が降らず、例年より二週間以上も早く梅雨明けとなり、東京では水不足が心配されていた。七月に入ると猛暑日や熱帯夜が続き、ルリエは食欲がなく、学校の授業にも身が入らなかった。
(でも、山の家はね……)