どうやら舞子は既に朝食を済ませてしまっていたらしく、彼女の席には何も置かれていなかった。

「いただきまーす」

信之はオレンジジュースを飲んだ。冷えた液体が身体の中を流れていくのが分かる。つづいてほうれん草のバター炒めをフォークで口に運ぶと、バターの香りとともに、ほんのりとした温かみが感じられた。寒い朝には、こんなちょっとしたことでも何だか嬉しくなる。

信之がサンドイッチを食べていると、エプロンをした舞子がダイニングに入ってきた。息子を見ると、彼女はニッと笑顔を作って彼の向かい側の席に腰を下ろした。

そこが彼女の定位置だ。舞子は両肘をテーブルについて指を組むと、その上に顔を乗せて息子に微笑みかけた。

「そのサンドイッチ、おいしい?」

「うん、うまいで」

「あんた、ほんまにおいしい思うてる?」

「当たり前やろ。もしまずかったら、まずいって言うてるわ」

「まあ、それもそうやな」

信之の反応に満足したのか、舞子は席を立つと、鼻歌を歌いながらダイニングから出ていった。

彼が食べていたサンドイッチはハムと舞子手作りのシーザーサラダが挟み込まれたもので、新鮮な野菜の食感とザクザクとしたクルトンの食感がふんわりとした食パンと対を成していた。

その、ザクザクという音と一緒に、彼の耳には階段を下りていく足音も聞こえた。どうやら舞子は店の方に行ったらしい、と信之は思った。