【前回の記事を読む】〝粗末な〟刀にしか見えないが、触った瞬間、忠賢は、マムシと呼ばれていた男の顔を〝まじまじ〟と眺めた。「血を吸うて、おるな?」…

プロローグ

「女房には其のまま、拵(こしら)えを付けて渡したのじゃな?」

千晴の問いは、この後がある様に聞こえた。

「へい」

首を垂れて答えたマムシに、千晴は続けた。

「何故、女房の包丁も同じ切れ味にせなんだのじゃ」

「へい、それは女房の普段遣いで、斯様に小さき刃物では、差し障りがあると思いましたので、研いで渡しました」

「差し障りとは?」

「へい、包丁は、魚や菜、時に肉を捌いたりする事もございますので、刃先が斯様に短いと面倒かと、切れ味が悪くなる度に、研げば、済むだけ、ですし」

最後は、口ごもる様に、マムシは答えた。

「これ、台盤所に控えておるじゃろう。此奴の女房を呼んで参れ!」

高明は、控えの者に詳しく指図した。

「其処許の亭主が申すには、刃先が長い物の方が、切れ味依りも使い勝手が良いと言う。如何に?」

千晴の問いは何時もストレートであった。

「はい、多分魚を卸すのを見て左様に申し上げたのだと思いますが、実際の処、切れ味が良い方が楽でございます。皮を削ぐ際等は、剝ぎ取る事も〝まま〟御座いますので、余り気になりませぬが、切り分ける時など特に、事前に研ぎ直さねばならぬ故」

妻は、俯き加減で、庭に面した下段の廊下から申し立てた。

「左様か、其様に、其の方の台所を預かる者が申して居る。対処できるか?」

今度は高明が質した。

「はっ、明日にでも」