朝(夜明け)から彼女は、精力的に父を手伝い、炉の木炭には、既に煌々と火が移っていて、作業場内は、既に〝夏の暑さ〟になっていた。母から預かった包丁からは、既に柄の部分が外され、炉にくべられていた。
百足が、鞴(ふいご)を漕ぐ度に炉からは、碧い炎が吹き上げていた。司や、貴族達の前では見せない様な、焦げた跡だらけの作務衣(小袖と小袴)を着た、マムシは、作業場の前で一行の到着を待っていた。
彼等が昨日と同じ様な衣装で現れた場合の事を考慮し、彼の横の台には作業場に相応しい、洗い晒しの直垂(ひたたれ)と小袴と冠が用意されていた。
昨晩の直衣(のうし)姿で作業場に入る事は、其の高価な直衣や烏帽子が、穴だらけになる事は、必定であった。
マムシも百足も、作業場では、萎烏帽子(なええぼし)ではなく、髷を落し、頭に濡れた晒を巻いて髪を束ねて治めておくのが決まりであった。
また、作業場の入り口には、太刀を預ける簡易的な棚も用意されていた。三尺に近い腰のモノを下げて、作業場内を〝うろちょろ〟されるのは、迷惑且つ危険であった。
三名の高貴な武辺者の後ろに荘園の司が、然も所在無さ気に突っ立っていた。如何に洗い晒しとは云え、斯様な汚い身形に着替えさせられる事は聞いていなかったし、心外でもあった。
彼にとっては、この様な着衣は、元々彼が身にしていた様な服であり、やっと、この様な身形から、今様の絹の直衣姿に脱出出来た事が彼の誇りでもあった。
しかし武辺の三名にとっては、その様な些末な事は、どうでも良かった。
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