第一章 青天霹靂 あと377日
二〇一五年
十一月四日(水) 晴 高瀬病院
「うーん、また脳梗塞やっちゃったかも知れませんねぇ。ただ、さっき撮ったCTスキャンで、少し気になる影があったのが、ちょっとねぇ……」
母の主治医で私もよく知る老医師、高瀬院長が言った。
「影、というのは?」
「それはまだ分かりません。私の診たてだと、たぶん膿(うみ)か何かがあるんじゃないかと思うんですが……、私は内科医で脳外科じゃないから、ちゃんと専門医に診てもらわないと何とも……」
「脳に膿というのはどういうことですか。そんなに深刻な事じゃないんですよね……」
「状況によっては深刻でない事もないです。それに最悪、脳腫瘍(のうしゅよう)という可能性だってゼロではない。でも、まぁ、それはないと私は思いますがね……」
そして、高瀬医師の結論はすでに出ていた。「あとは松本の奈良井総合病院に行って詳しく調べてもらうのが良いでしょう。あそこの脳外科は優秀ですから……」
ということであり、「それじゃ、ゆっくり休んで……」と、母の肩をポンとして部屋を出ていった。
しばし沈黙のあと、母が口を開いた。「朝起きたらね、身体がクチャクチャだったのよ。筋肉が無くなったみたいに。起き上がろうとしても肘が折れて立たなくてね。やっとの思 いで救急車を呼んだのよ……」
「何で先ず俺に電話しないんだ。いつも言ってるじゃないか……」
「だってお前、疲れてまだ寝てたでしょ。それに、お前が来るより救急車の方が早いに決まってるじゃない……」
確かに、その点では全く信用のない私であった。