十一月十日(火) 奈良井総合病院(内科病棟)

高杉医師「PET(ペット)検査の結果を見ますと、左脳の後頭部に黒い影が認められます。これは当初考えられた脳梗塞とか脳の膿瘍(のうよう)ではなく、おそらく腫瘍ではないかと思われます。それと、腹部リンパ節を中心にしてお腹全体に無数の影が見えますが、これもやはり、悪性腫瘍の可能性を否定できないという見解にならざるをえません。

それで、今後の治療方針を決めるため、生検(せいけん)、つまり、組織の一部を切り取っての病理検査を行う必要があります。その方法はいくつかの選択肢がありまして……」

物言わずうなずいていた母の口が開き、問答無用! とばかりに毅然と言い放った。

「検査にせよ治療にせよ、どんな理由でも切開するのはお断りです」

「しかし、もしこれが悪性腫瘍であれば、徐々に大きくなっていくという危惧もあるわけでして……」

「その時はその時で構いません。今さら切っても取っても仕方ないです。だから、検査も不要です!」

「何を言ってるんだ。ちゃんと検査して適切な治療をしなければ、治るものも治らないんだぞ。まず落ち着けよ……」

「落ち着いてるてば……。むしろ、組織を採ったがためにかえって広がっていくという事もあるんだて。採取した傷口から、ガンがて……。まして開腹検査なんか絶対やめてくれや。身体の中ってのは色々あるんだすけ、それをいじったり採ったり繰り返しているうちに大変な事になるんだてば……」(母は私と話す時に限り、特に、興奮すると新潟訛りが出る)

「戦時中の野戦病院じゃあるまいし、昔のお母さんが経験した外科手術と今の先端医療とではワケが違うんだから。このまま何もしないで、勝手に自然治癒力や免疫力が上がるってものじゃないんだよ……」

「とにかく良いんだてば。このまま自然にまかせたいんだて」

まるで「死に場所を得たり!」という武人(もののふ)のような台詞だ。

母は何年も前から、「もし、お母さんがガンになっても、手術や延命治療は絶対にやらなんでくれ……」と、事あるごと遺言のように言っていた。母は今、その意志を貫き決心を固めようとしているのだ。