意気は上がらないものの実は自分たちがホンボシに近づいているのではないかという優越感を交えた木村の希望的観測だ。
「田代正樹の線がほぼ消えた以上、確かにこの男がホンボシである可能性が高い。しかし、しっかりウラを取ってくれ。次の全体会議でこの第三の男をホンボシとして総力捜査に持って行けるよう詰めておく必要がある。
万一この週末の張り込みでも確認出来なかったら、店や周囲に直接聞き込みを敢行してくれ。ジョセフに知られて厄介なことになったら、その時は丸山本部長に泣きを入れてなんとかしてもらう」
秋月班長の指示を受けた木村と原は、張り込み交代のため再び新宿二丁目に戻って行った。
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飯島めいについての後始末とも言える捜査を草薙に指示された田所刑事は、捜査本部ではおおかた忘れ去られている飯島の身辺をこつこつと調べ続けていた。
いくつかの意外な事実を突き止めたが、しかし事件解決につながる、あるいはその一助になるような成果は得られていなかった。
分不相応とも思える贅沢な暮らしをしている飯島めいと国枝和子との間に、犯行の動機となる金銭トラブルがあったのではないかという草薙や堺の疑いは、田所の捜査であっさりと退けられた。
飯島めいは、愛知県刈谷市の生まれであった。刈谷市の実家は、土建会社を起こした祖父が市議会議員を務めたこともある地元では有名な素封家であった。
幼少期を裕福な家庭でなに不自由なく育っためいは、多感な中学生の頃、両親が離婚をするという大きな不幸に見舞われている。
しかも、引き取られて一緒に暮らすことになった父親が、その後すぐに二十歳近くも若い会社の秘書と再婚をしたため、父親との間の溝が深まったようだ。
父親と新しい母親との間に子供が出来てからは、一層孤独感を深めたことは想像に難くない。そのためか、中学を卒業すると刈谷を離れ、名古屋市で一人暮らしをしながら高校生活を始めている。
しかし、その高校を一年で中退すると上京し、上野にある洋裁専門学校に進んで、その後、カズコブランド社に就職していた。
この間、娘を気遣う父親は、罪滅ぼしの気持ちからか必要以上に金銭的援助をしていたようで、飯島めいの生活は分不相応に豊かなものであったと思われる。
次回更新は5月27日(火)、22時の予定です。
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