【前回の記事を読む】金の出どころはどこから?給料だけでは暮らせないはずの豪華な暮らし、浮かび上がる金銭トラブルの影
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「弁護士を立てるとまで言っているんじゃ、事情聴取を重ねるのは難しそうだな。写真に似ているというだけでは、これ以上本人を追及するのは無理だろう。後は、時間的に可能かどうかに絞り、本人を刺激しない範囲で外堀の捜査を続けてみよう。
横浜から現場まで可能性のあるルート、それに蒲田の自宅に向かうルート上の防犯カメラなどに田代の痕跡はないかどうか。最近、コンビニなどの店舗や金融機関では三ヶ月程度録画を保存しているところも多い。手間はかかるが当ってみてくれ」
田代正樹の犯行の可能性を考えている宇佐見を鼓舞するかのようなこの植村の指示が、結果的に宇佐見の思いを打ち砕くことになった。
さっそく植村の方針に従って、田代正樹が横浜中華街から移動した可能性のあるルート上の聞き込みや防犯カメラの記録の収集、解析が開始された。
膨大な作業量のため結論が出るまでには相当時間がかかると思われたが、予想外に早く宇佐見を失望させる結果が出た。まず、田代正樹が主張する横浜中華街の随苑飯店から蒲田の自宅マンションまでのルート上の捜査が行なわれたが、早くもそこで田代の車の記録が見つかった。
田代が説明した帰宅ルートの国道15 号線南蒲田の交差点を西に折れた場所で、信号待ちをしている田代の車がコンビニ駐車場の防犯カメラに捉えられていた。
一月六日の午後九時三十二分に、自宅方向に向かう田代の車と同じ白いBMWが確認されたのだ。確認出来たナンバープレートの頭の三つの数字も一致したため田代正樹の車と断定された。
田代らしき人物が国枝和子のマンションに入ったのは、防犯カメラの記録で六日の午後十時八分であることが分かっていた。
このため、もしマンションに入った人物が田代正樹だとすると、蒲田から世田谷の西城公園まで約三十分で移動したことになる。さすがにこれは不可能と判断され、田代の線は消えた。
宇佐見は、この結果を受け入れざるを得なかった。しかし、田代を初めて見た時と、防犯カメラの写真を見た瞬間の田代の表情の変化を見た時の「怪しい」と感じた自分の勘を、この後もなかなか捨て去ることが出来なかった。