【前回の記事を読む】二度目の事情聴取に呼ばれた女性。捜査協力者から一転、容疑者として取り調べられると態度が急変し…。

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「誰ですか? 国枝さん、その人の名前を言いませんでしたか?」

「知りません。先生、以前にちょっと口を滑らせて、いい人がいるようなことを言っただけだから」

飯島の態度は次第に頑(かたく)なになってきた。

「最後の日はどうでした? 最後に国枝さんの部屋に行ったあの日、誰かと連絡を取っている様子はありませんでしたか?」

「私が料理をしている間のことは分かりません。ただ、着いてしばらくして、何も今日来なくてもいいのにというようなことをぶつぶつ言ってたような気はするけど。そう言えば、確か私が帰る頃には誰かとメールしてたけど」

そのメールは旅行業者とのやり取りを指していると考えられ重要な情報ではなかったが、飯島の証言で国枝に交際をしていた人物がいたこと、そして国枝和子が漏らした言葉から、どうもその人物がその夜にマンションを訪れた可能性のあることが分かった。

その人物は、ビデオ解析で分かっている田代正樹、もしくは田代正樹に似た男か、あるいは未だ手がかりのない第三の人物のいずれかだと考えられた。

自分が想いを寄せている国枝がその男性と付き合っていることで、飯島が国枝に強い恨みを持つようになった可能性は残されているが、その人物が国枝和子の殺害犯である可能性が極めて高くなったことは、この日の事情聴取の収穫であった。

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飯島めいの事情聴取で、国枝和子には親しく付き合っている人物がいること、そして事件当夜もその人物が飯島の帰った後に訪ねて来た可能性が高いことを掴んだ捜査本部は、にわかに色めき立った。

犯人は防犯ビデオに捉えられている二人にいよいよ絞られてきたと考えられるからだ。しかし、その二人の人物の特定は難航していた。

当初、田代正樹と考えられていた人物の特定が怪しくなっていた。田代正樹の周辺の捜査が密かに続けられていた中で、田代を知る人物から、はっきりした時間までは覚えていないが、その夜の遅い時間に横浜で田代を見た気がするという証言が得られたのだ。

まだ曖昧な証言で確定ではなかったが、捜査本部では田代正樹はガセという雰囲気が生まれていた。