その場面で夢から覚め、葛岡哲也(くずおかてつや)は現実の自分が泣いていることに気がつく。
「また、同じ夢か」
何とも言いようのない切ない気持ちでそう呟いた。最近、何度も見る夢だった。
そして、後からその場面を思い返してみても、取り去った白い布の下にあった母の顔はまったく思い浮かべることはできなかった。
そうしているうちに徐々に覚醒し、これは自分の経験ではなく、まったくの夢であると改めてはっきり自覚してくる。
哲也の母は、彼を出産してすぐに亡くなったので、実際にはこんな光景を彼が経験することはなかった。
彼は古い写真の中にある母の面影しか知らずに育った。
「少しばかり研究開発に躓(つまず)いて、落ち込んじまったのかな」ベッドから半身を起こして哲也は呟いた。
繰り返し見る夢の原因をそう結論づけたが、彼が躓いたのは少しばかりではなかった。
アナログの目覚まし時計の針は五時五十五分を指していた。ここのところ、セットした時間より五分ほど前に目が覚めてしまうことが多い。
普通なら目が覚めて少しすれば、夢の内容など忘れ去ってしまうのだが、さきほどの夢は最近何度も見るせいか、微細な風景やその場の妙に冷えた空気の感じまでしっかりと哲也の記憶に残っていた。
(早朝覚醒は軽症うつの特徴だったかな)
モスグリーンの遮光カーテンを開け、外の眩しさに目を細める。そのまま寝室の窓を開けると快晴だった。遠くに隅田川が穏やかに流れているのが見えた。
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