一九九四年三月
夢だということはわかっていた。
静まり返った十畳の和室の中央を斜め上から見下ろしている。その部屋に敷かれた蒲団の横に、小さな男の子がきちんと正座をしている。
新調したグレーの制服に半ズボン姿で帽子を目深に被り、新しいランドセルを横に置いたまま、じっと俯いて一点を見つめ、正座の姿勢を崩さない。小学校の入学式から戻ったばかりの、華奢な少年の背中は震えているように見えた。
遅咲きの桜が連なる仁淀川沿道の麗らかさとは裏腹に、その部屋は硬く冷たい空気に満たされていた。
少年の視線の先には彼の母が横たわり、その顔は白い布で覆われていた。
いつの間にか家政婦のフミが後ろに座っていて、少年の肩に両の手を置き嗚咽を漏らしている。父は、脱いだ白衣を手にしたまま、口を真一文字に結び、どこともない中空をぼんやりと見つめている。
どうしようもない切なさ、悲しさ、恐ろしさに身動きできず、涙さえ出てこなかった。
ただただじっと正座している子供の自分。どこか離れた所からその光景を眺めている大人になった自分の意識。それがいつの間にか同化している。
「待っているって言ったじゃないか……」
そう呟いて、彼はおもむろに小さな手を伸ばし母の顔から白い布を取る。