【前回の記事を読む】今は我慢しなくちゃ、本当に忙しそうなんだもの。何度自分に言い聞かせても栞の心は不安で覆い尽くされていく…

アザレアに喝采を

Ⅱ 恋の歓び

車が停まると、そこには谷口が設計した三階建ての歯科医院があった。夜のことでシンボルツリーが照明に照らされ、外灯の明かり一つにも趣を感じる。エントランスへのアプローチの曲線がゆったりとして美しい。

こうして外から眺めるだけでも随所にセンスの良さが見て取れるのに、中は一体どんなに素敵なのだろうか。

「時々自分で設計した建物を見に来るんだ。俺ここ気に入ってるの。アイデアが浮かばない時にもね、またなんとか頑張れそうな気がするんだよね」

そう言いながら谷口は、道路に面した飾り窓の障子が左右反対になっているのを直した。

「これじゃあ、逆なんだよなぁ。ほら、こうやって閉めるのが正解なの! 桟の半円のデザインが外からも見えて美しいでしょう。ちゃんと細かいところまで拘(こだわ)って設計してるんだから」

あぁ、私の恋人はなんて素晴らしいのだろう、やっぱりこの人で間違いないんだと栞は谷口の真剣な横顔にうっとりと見惚れた。

建物の西の方の夜空には二人のことなど素知らぬ顔の三日月が、ただ美しく輝いていた。月に一回くらいのペースで会ってはいたが、二人の会話はいつまでもどこかよそよそしかった。

二人の関係がキス以上には進んでいないことが原因かもしれないと考えたが、それは谷口の誠実さだと栞は受け取っていた。

谷口の本当の気持ちを知りたいとずっと思っていたけれど、栞には聞いて確かめる勇気はいつまで経ってもなかった。仮に聞いたとしても、はぐらかされるような気がしたし、今の状況に進展は望めないような気がしてならなかった。

そんなふうだから栞自身も安心してありのままの自分をさらけ出すことはできないでいた。結局それが二人の距離が縮まらない、どこかよそよそしさが残る原因なのだろう。

今夜は美香たちとダブルデートをすることになっていた。誘っても嫌がるかもしれないと思ったのに、谷口はすんなり了承した。

「へぇ、楽しそうだね、いいよ、栞ちゃんと初めて会った日にビアバーに一緒に来ていた会社の同僚のコでしょう?」と気軽に言って、栞が予約したイタリア料理店で待ち合わせをした。