【前回の記事を読む】インドの下痢は洗礼。「私はイギリスから持ってきた薬を飲んでいたけど、一か月以上治らなかった。でも、インドの病院に行ったら…」

二章 インドの洗礼

上下黒のスーツを着た彼の部下に料理を注文すると、さほど時間がかからず、店のボーイが料理を運んできた。テーブルの上には何種類かのカリーとサフランライス、それと北インドの主食である、小麦粉を薄く焼いた円形のチャパティーが数枚、皿の上に置かれている。

「秀さん、ここのカリーいけるね。チャパティーも今まで食べた中で一番美味しいよ」

僕は何種類かの野菜が入ったベジタブルカリーと、ダールという豆のカリーに舌鼓を打った。

「この店のカリーは厳選した材料と、二十種類以上の香辛料、水牛のミルクを発酵して作ったギーと呼ばれるバターの取り合わせが絶妙なんだ。それとチャパティーはいくらでもおかわりできるからたくさん食べて」

僕達はしばらく話もせずに、食事に専念した。いつも行く食堂のカリーとは味が明らかに違っていた。そんなに詳しいわけではないが、辛さの中にも独特の甘みと、味に奥行きがあった。

「恭平はいつも食堂でインド料理の定食、ターリーを食べているんだったよね?」

「ええ」

「そうか……」

秀樹はしばらくすると食事をする手を止めて、真顔で何かを考えているようだった。

「これからリシケシは、日本では考えられないくらいの暑い季節がやってくる。かなり覚悟しておいた方がいいね。想像を絶する暑さだよ」

どうやら秀樹は、インドでの生活のアドバイスをしてくれるようだ。僕は椅子に座り直し、彼の言葉を待った。

「あと何ヶ月かすると、バザールでも多くの果実が出回るから、体調を考えて食べた方がいいだろう。瓜をはじめ南国の果実には体を冷やす効果があるからね。それと、ナッツとヨーグルトなどの乳製品を意識して食べる必要があるよ。

インドカレーの定食だけでは、栄養が偏ってしまうからね。日本人は食べる習慣がないけど、カシューナッツやアーモンドといったナッツ類はカロリーがあって、ビタミンやミネラルなどの栄養素が豊富なんだ。街にもナッツだけを扱っている専門店があるから後で教えてあげるよ」

僕は秀樹の話に真剣に耳を傾けていた。悪性の下痢で何日か寝込んだことがこたえているからだ。

「それと、シバナンダアシュラムで正式にヨガを学ぶ者としては、肉類は食べない方がいいような気がする。何千年という長い歴史の中で、守らなければならないと定められた戒律の一つだからね。ただ君がどうしても食べたかったら、後で内緒でやっている店を教えてあげるよ」

秀樹は周りの人を気にするように、声をひそめて言った。

店内を見渡すと、いつの間にか他のテーブルにも家族連れや、恋人同士と思われる客が来ていた。どの人も服装やアクセサリーは良い物を身に着けており、ここがインドであることを忘れてしまうような落ち着いた雰囲気があった。