「秀さんはインドのどの辺を旅してきたの?」

僕は香辛料の辛さを中和させてくれる、ラッシーを飲みながら聞いた。

「ヒンドゥー教の有名なお寺や、クリシュナの生誕地と言われているマトゥラーをはじめ、聖地と呼ばれている所はほとんど回ってきたんだ。こんな機会は二度とないので、思い切って南インドまで足を延ばしてきたよ。

特にブッダガヤはぜひ訪れてみたい所だったから、感慨深いものがあった。できれば仏教の三大聖地のスリナガール、サールナート、ブッダガヤは全て行きたかったけど、他の二ヶ所は日程の都合で行けなかったんだ。それでも今回の旅はいろいろな光景を心に刻むことができたよ」

秀樹は旅を回想しながら、満ち足りた表情を浮かべていた。

「ブッダガヤは確か、仏陀が悟りをひらいた所だったよね」

秀樹は黙って頷くと、今までと全く違う口調で、仏陀の悟りに至る件(くだり)について語り出した。

「今のネパール領の地で、釈迦族の王子として生まれたお釈迦様は、長く厳しい修行の中で、苦行だけでは悟りを得ることができないとお考えになり断食をやめられた。体力を回復するために、村の娘からミルク粥の施しを受けられ、その後、菩提樹の下で瞑想に入られたと伝えられている」

秀樹の言葉には、仏陀に対する特別な思いが感じられた。僕は頷きながら、いつの間にか彼の話に引き込まれていた。

どこか遠くを見るような秀樹の目には、時を越えて、仏陀の瞑想している姿が映し出されているのかもしれない。

「仏典では瞑想中に、悟りに至る最後の試練でもある悪魔からの甘い誘惑が幾つもあったとされているけど、お釈迦様はその誘惑が、五感の働きによる肉体や、生に対する執着から生み出された幻と認識し、それらを退けられた。

そして二十一日の深い禅定(ぜんじょう)の中でこの世における全ての真理を会得され、ゴータマ・シッダールタから〝悟った人〟という意味を持つ〈仏陀〉になったと言われている」

秀樹は仏陀の悟りについて語り終えると目を閉じた。

 

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