栞は、自分の人生がこれまでとは一八〇度変わっていくような気がした。このお伽話とも思えるような現実が、自分の身に起こっていることは飛び上がりたいほどの歓びだった。
助手席に腰を下ろすと、滑らかな革製のシートにしっとりと包み込まれるようで、それは初めて知る贅沢な心地よさであった。
二人が行ったのは串揚げの店だった。
住宅街へ続く道の途中にあるその店は、気づかずに通り過ぎてしまうようなひっそりとした店構えだ。
店内は黒を基調とした内装で統一され、カウンター席だけの十人も入れば満席になるようなこじんまりとした設えだった。時間が早いせいか他に客はなく、よく拭き清められたカウンターの片隅には、大ぶりの花器にカラーが高々と飾られていて美しい。
厨房ではまだ三十歳くらいだろうか、髪の短い長身の料理人が真剣な面持ちで串に食材を刺して仕込みをしている様子が伺える。
「食事のメニューはね、おまかせのコースだけなんだけれどいいかな? もし苦手なものがあるなら教えてね」
おしぼりで丁寧に手を拭きながら、谷口は栞に優しく話しかける。
次回更新は5月9日(金)、21時の予定です。