【前回の記事を読む】きっかけは接待ゴルフだった... それ以降、妻は夫の物に一切触れず、コップを買い替え何度も洗う。そしてついに―。

第一章 ナイロビ

その二 ドタバタ

駅までマツさんに肩をかしながら、唯井は「あいつがふたりいた」というマツさんのことばをなんども考えた。姉の態度がどうにも解せなかった。最大の被害者は子供たちだが、身から出たサビのマツさんも被害者といえなくはない。すると被害者ばかりのはなはだ不可解で意外な、しかも後味の悪い話だった。

その数日後、そろそろ年の瀬という頃だった。唯井の会社にマツさんから電話があり、送っていったお礼かと思ったが唐突にも

「あのなんとかという団体、あれを紹介してくれんかな」と言い出した。

――しまった! 「企暴連」のことじゃないか――

この団体、「企業暴力対策連絡会」は会員のあいだでは「企暴連」で通っていた。警視庁の肝いりで、総会屋や暴力団に対する企業間の連絡団体を作ったのが始まりだ。さまざまな思惑でいまは大小一千社近くが加入するまでにふくらんだ。

これは電話で片づく話ではないので、しかたなく「ちょっと、年末のあいさつに」と出かける口実をつくり、その足で近くのカフェでマツさんと待合わせた。唯井は開口一番

「あの『企暴連』ですか。いや、あそこは古くからのうるさ型が大勢いますから」と、頭から断った。入社三年目の若造にあつかえる話ではない。

「しかし、君のオジさんの縁でなんとかならないかな」

「企暴連」の事務局長も警察のOBで、確かにオジのことも知っている。それで唯井にけっこう親しくしてくれる。マツさんはそれをたてに

「これから一緒に行けないか」と、あきらめるようすはなかった。

むかし唯井がマツさんの事務所に遊びに行っていた頃、社員のだれかが「うちの大将はよそではね『待つのだ』と呼ばれてるんだぜ」と教えてくれた。結局どうしてもと押し切られ、その場から電話で「とにかく会うだけでも」と、吉村という事務局長に頼み込むハメになった。