【前回の記事を読む】気になるのは姉の離婚話ばかりで、とぎれとぎれになる会話。先日まで家族だった男性は姉を庇うように話を始めた。
第一章 ナイロビ
その二 ドタバタ
ある年の暮れ、外商部の打ちあげに出入り業者のマツさんも末席に呼ばれ、それが縁でふたりは一緒になった。
「だけどね」と言いながら、マツさんは店員の方に空の銚子をふった。
「あれは浮気じゃあないよ、断じて。旅行先でのただの遊びのあそびだ。しかもわしは女は途中で帰したんだ!」と、語気をつよめフゥーと息を吐いた。
「去年の春先の頃だ。那須温泉に泊りがけの接待ゴルフだった。飲料メーカーの部長と部下、それにセットした広告代理店の担当者がいた。宿のホテルはその部長のご指名で、わしは初めてさ。表向きはプライベートだが、なに全部わし持ちだよ。
夕刻に着いて直ぐに宴席が始まり、コンパニオンも呼んだが、翌朝があるので早めのお開きだった。わしは風呂に入って浴衣すがたのいい気分で部屋にもどった。そしたらだ、そのコンパニオンだかマッサージ嬢だかが部屋にやってきてだな、それをあいつが勘づいたんだ」
―うん? あまりよく分からないな―仕方なくたずねた。
「つまりそのー、姉になにかキスマークでもみつけられて?」
「いやそうじゃなかっただろう」
「それはマツさんが呼んだ女?」
「いや、そうとも言えないが……」
隠しておきたい事と言っておきたい事とが、複雑にぶつかったあと、ついに覚悟してこう吐き出された。
「アジア系の外国人だった。あのすけべ部長が呼んだんだ。そうに決まっているさ!」マツさんが詰まりながら話すところによると、部屋にもどるとすぐにノックがあり、片言で「マッサージです」と若い女の声が。
「おかしいな」と思ったが、ピンときた。部長がお開きのあとフロントとひそひそやっていた。きっと部屋番号を間違えたのだ。ここで断ればよかったが、そのとき魔がさした。
「お色気つきのマッサージだけならいいか」と、そんな虫のいいことを考えた。
入ってきた色の浅黒い小柄な女は、慣れた手つきでタオルやら小道具をひろげ、マツさんをベッドにうつ伏せにし、その背中にバスタオルを当てマッサージを始めた。
首や手足のオイルにいい気持ちでいると、やがてユニフォームを脱ぎ始め、ビキニの下着姿になって、砂ぶくろのような乳房を押しつけてきた。マツさんも「これはまずいな」と思い始めたが、女のほうはさらにエスカレートし下着を取って放り投げ、マツさんに全身を預けしなだれかけてきた。
マツさんもあわてて「ここまでだ」と思い、「まて、まて!」と押しとどめ、急いで起き上がった。そのあとは、はずみでベッドからずり落ちた女が「話が違う」と興奮し、パニックで狂ったように自分で小物をかき集め、ユニフォームを身に着け部屋を飛び出して行った、ということらしい。
翌朝クラブハウスでは、部長に変わったようすもなくまずは安堵し、無事にゴルフをおえて家に帰った。なんの用心もせずに、いつものように「はい」とみやげとバッグを姉に手渡した、というのがことのしだいだった。