「そのあとは、あいつがあれをみつけて大騒ぎだ」
「あれというのは?」
「あれだ、あの女のパンティだ」マツさんはおぞましげに口にした。
唯井にとってはもはや推測でしかないが、放り投げたパンティが広げていたマツさんの衣類に紛れ込んだか、あるいはパニックになって女が突っこんだのか。ともかく翌朝急いでバッグに荷物を詰めたせいで、マツさんは全く気づかなかった。
この話は初めて聞いた。これがもし本当なら、浮気とまではいえないだろう。まだ言いたくないことがあれば別だが。店員が残り少なくなった客のようすを窺い出した。
十時を回ったが、かまわず銚子を追加した。
「でもそれなら正直に話せば……」
「ぜんぶ話した、謝りもしたんだ。はじめは、時間がたてばと……」そして消えそうな声を絞って、「あれから、わしの持ち物に触ろうとせんのだよ、いっさいな。下着はもちろん洋服もマフラーも、靴もくつ下も。カバン、携帯電話……、わしも含めてすべてだ。茶碗、はし、コップはすべて新品に買いかえ、使うたび何度も拭いていた」
―そんな子供じみたことを、あの姉が?―
唯井は驚き思わずマツさんの顔を見た。
「じゃあもう、二人とも家では口もきかなかったとか」
「いやそれが、子供の学校の事とか普段の会話は、まあふつうにはな。不思議だ、あいつがふたりいた気がした。心の中に二つの人格がぁ~な」
マツさんはあくびのあと、おわってサバサバした顔つきだ。どうしても最後にひとつ、聞いておかねばならないことがあった。
「最終的には離婚はどちらから?」
「わしの方だ」あっさりとそう認めた。
「異常な生活だったなぁ、半年ちかく。小学校三年の坊主が一度、わしのくしゃくしゃのハンカチをアイロン仕事のあいつのところへさ。取り持とうとしたんだ、坊主なりにな。きつく叱られて。あのままでは子供たちがダメになった」
ひとり言のように呟くと、やがてカウンターでウトウトし出した。
【イチオシ記事】3ヶ月前に失踪した女性は死後数日経っていた――いつ殺害され、いつこの場所に遺棄されたのか?