ああ、この心という、実体なき国。目に見えぬ光景と耳を打つ静寂の、なんたる世界であることか。このおぼろげな記憶、漠とした夢想の数々。えも言われぬエッセンスの、なんたる集まりであることよ。そして、すべての秘めやかさはどうだ。声にならぬ独白と、未来を予見する助言の秘密の劇場。あらゆる気分や思い、神秘が棲む、見えざる館。失望と発見が集う、果てしない場所。私たち一人ひとりが意のままに問い、可能なかぎりを命じ、孤独のうちに君臨する一大王国。自らの過去と未来の行状を収めた問題の書を、つぶさに調べ上げることのできる隠れ家。鏡に映るもののどれよりも自分らしい内なる宇宙。自己の中の自己、すべてでありながら何物でもない、この意識―いったいその正体は?

そして、それはどこから生まれてきたのか?

そして、なぜ?

 ジュリアン・ジェインズ 原題『〈二分心〉の崩壊における意識の起源』一九七六年刊行 邦題『神々の沈黙』二〇〇五年 紀伊國屋書店発行、柴田裕之訳 序章9Pより引用

―本拙稿は偉大なる心理学者にして、考古学、人類学、哲学など多分野において
幅広く深い足跡をのこされた故ジュリアン・ジェインズ博士にささげるものである―