第一章 ナイロビ

その一 ラウンジ

その探検ツアーでは参加者は二十人ほどに分かれ、数台の小型バスでキベラ・スラムに入った。アフリカでも最大のスラムで推定人口が百万人という。泥と石ころだらけの小道は、両脇にバラックとテントの家がぎゅうぎゅう詰めだ。

まあインドや世界のどのスラムもそうだろうが、ここも多くの難民や食いつめ者、犯罪者がいやおうなしに吸いこまれて集まり暮らす。食料品や雑貨もあちこちの店で売られ、水道や電気も無いではない。

広い通りにはみやげ店もネットカフェまがいも、バラックのホテルさえもある。参加者がバスで通ってきたアッパー・ヒルというナイロビの高級住宅街をさらに南に一キロほど行くと、東西たった三キロほどの狭い場所にこのスラムが横たわっている。途中の幹線道路一本が、天国と地獄をへだてている。

道路の向こう側に点在するイギリス風の文化的な地区からは、汚水がせっせと放流され小川となって流れ込み、泥は乾くとテントの家に砂ぼこりを積もらせる。あちこちにゴミと汚物と糞尿が山づみとなり、ときには屍体が横たわっている。

そんな現地ではありきたりの風景と街を、唯井たちはわざわざツアーを組み探訪し、もの珍しげに一団となって店をひやかして歩いた。

通りのあちこちに人がたむろし、酔っ払いの女もいる。なべで煮た牛らしき肉の売り声や、みやげ屋のおやじの呼び込みも飛び交っていた。

その喧騒のなかから、いつのまにか唯井の前に小さな男の子があらわれ、さし出されたのがこの女の彫り物だ。

「買わないか? ほんものの象牙だ」英語でそう聞かれ、まさか本当のアイボリーのはずはないが、と思いつつ交渉に応じてしまった。

「いくらだ」

「二百シリング」日本円で二百円。

現地の物価感からするとちょっと高いが話のタネだと、ろくすっぽ見ずに買ってやった。

すると「もっといいのがある」と、横のほそい路地の方へ手を引っ張ってゆく。本隊の一団はと見ると、まだ店を物色しながら通りに止まったままだ。すこし見るだけなら、と安易に一歩をふみ入れたとたん、

「ヘーイ」と数人の黒人に囲まれた。子供はバラック小屋にもたれ、ニヤニヤと両手を頭の後ろで組んで笑っている。唯井はすぐに状況をさとり目の前がゆがんだ。身体から感覚が遠のいてゆき、膝がガクガクと地べたに崩れ落ちた。

そのときだった。「フリーズ!(動くな!)」と大声で、通りからライフル銃を構えた警官がどなった。人の集まる気配がして連中はさっと逃げ去った。あとで警官からは「おまえはクレージーだ」と言われた。「やつらなら死んでいたぞ」とも。

やつらとはムンギギというスラムの犯罪組織だ。欲をかいて油断し、笑って餌食にされる寸前だった。海外テロの視察で、まさに研修対象の組織に殺されては洒落にもならなかった。