そんな嫌な事はいますべてわすれ他人事(ひとごと)として、ラウンジでコーヒーと本にありついている。

思えば今回の旅行は実現までにずいぶんドタバタとした。唯井は知人の騒動に巻き込まれ、はからずもこの旅行に一役買ってしまった。それは、アフリカもいいな、という隠れた気持ちのせいだったかもしれない。

その二 ドタバタ

この旅行は、もとはといえば去年の師走に唯井が知人の松田、いやマツさんと久しぶりに飲んで、ポロっと口に出たのが発端だった。

マツさんというのはその一年ほど前まで唯井の義兄だった人物だ。訳あって(いわば浮気だが)、唯井の姉が中学生の娘と小学生の息子を引き取って離婚した。

しかし一度の浮気だけで、人生をご破算と決心するものだろうか。やはりいつの間にか互いにはびこり積もった不信とワガママが、やがて心で棘のようなモノに変わり、そこで初めて出る類いの話だ。

ところがこの夫婦は周囲になんらの兆候も見せずに、突然スパッと別れてしまった。周囲にとって不可解な離婚だった。

当時、唯井は今の会社への転職を機に一人暮らしをしていたが、実家の母親からいきなり姉と子供たちの引っ越しを手伝ってくれと頼まれ、初めてことのしだいを知った。

引っ越しの当日、姉のようすをそれとなく窺ったが、少し饒舌な点はあるものの、いつもと変わらなかった。

マツさんがそばを離れたときに、声をひそめて「一体どうしたのさ」とたずねても、「もういいの」と頑として話そうとしない。五歳違いの姉は小学生の頃から気丈なたちで、パートで忙しい母親に代わって唯井のめんどうをよく見ていた。

これはいずれ、直接マツさんに真相を聞くしかない。この数年こそ唯井は転職や一人暮らしの忙しさのせいで不義理をしていたが、マツさんには今までになにかと世話になっていた。

だから離婚が少し落ち着いた頃の去年の師走に、久しぶりに自分の方から誘った。池袋駅からすこし離れた居酒屋だった。黒光りのする年季の入ったカウンターで、離婚のいきさつにはふれず、仕事や身のまわりの話をしながら淡々と飲みだした。

 

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