第一章 ナイロビ
その一 ラウンジ
ふと本から目を上げると、窓の外に飛行場の白い管制塔がかすんでいる。赤土の大地の上にその姿は陽炎のように浮かび、背後にははるか遠くナイロビ国立公園の緑が濃く空までそびえ立っている。
二〇〇四年七月、イラク戦争の翌年、唯井《ゆい》は仕事をおえてアフリカはケニアの首都ナイロビの空港にいた。もっとも仕事とは名ばかりでただの観光旅行だ。「企業暴力対策連絡会」、通称「企暴連」と呼ばれる団体が主催する海外研修に一員として参加していた。目的地を別にすれば、世間の企業ではよくある類いの話だった。
唯井にとって旅の最大の楽しみは、ゆく先々でカフェでもバルでもみつけ、本を肴に独りひたること。これに尽きる。だからどこかでゆっくり本を読むはずだったが、今回の旅行ではすこぶる勝手が違った。
ナイロビの治安の悪さもあって、バカな話だがみんなで行動することになった。移動は原則二台のチャーターバスだ。旅の参加者は最終的に百名近くに増え、独りひたるどころではない。皮肉なことに、この企画を「企暴連」の事務局に持ち込んだのは、唯井の知り合いの人物と結果的には唯井自身だった。
で、ようやく帰り間際に単独行動できる時間ができ、こうしてラウンジで活字のサバンナに潜んでいるというわけだ。
帰りの航空会社のラウンジは、カウンター以外に席が三十ほどあるが、時間待ちの客でひっきりなしだ。
東京への帰国便は夕方なので、一緒に来たほかの連中はまだナイロビの中心街のシティセンターでみやげ探しか、見逃した市内の安全な観光地を回っている。そのうちハンティングよろしく、一人またひとりとおみやげという名の重たい獲物を抱えて戻り、航空会社のカウンターにどさりと倒れこむのだろう。