神座す山

 

浅田次郎の作品の中に『神座す山の物語』という短編集がある。奥多摩の霊峰、御嶽山をめぐる怪談奇聞が題材の、何とも不思議な物語集である。創作だと思っていたが、後にこの作品についてインタビューを受けた浅田次郎は、脚色ではなく全て実際の話だと述べている。

浅田次郎の母方の実家は代々青梅市武蔵御嶽神社の宮司を務めていた。神官屋敷であった実家の「山香荘」は御嶽山の宿坊として今もここを訪れる観光客を受け入れている。

山岳信仰を集めた神域の雰囲気を今も少しは味わえることを期待して、秋晴れの二日間、標高929メートルの御嶽山に登った。山頂にある武蔵御嶽神社には大口真神という日本狼が東征の際日本武尊を助けたという故事から御神体の一つとして祀られていて、お犬様の神社としても知られている。

『神座す山の物語』の中にも浅田次郎は山中で不思議な二頭の犬と出会った経験を書いている。ケーブルを降りて御嶽山頂に向かい、かなり長い曲がり坂をダラダラと上りその日の宿の「御岳山荘」という宿坊に入った。

年代を感じさせる古い長屋門を入ると庭の中央にある、躍るような変わった筆跡の堂々とした大きな句碑がまず目に入った。

たゆまざる歩みおそろし蝸牛