【前回記事を読む】「隣の伽耶・任那を譲ってほしい」――やっと脳なし非道の王が崩御してくれた矢先に届いた密書。私が大国「越」へ出向くしかないのか

一、 越大王国

「王太后さまが年明けに崩御なられた」

居並ぶミクニ客観の一番奥に落ち着くや否や、息長氏本人が金村を訪ねてきた。

オホト大王の実母・王太后振媛のことだ。金村は、息長氏の今は亡き父長を思い出した。

振媛が息長氏の嫡男と結婚し男子を儲けたが、夫・王子が暗殺され、幼い息子を連れ越国へ逃げ帰ったといういきさつがあった。

弟の真手が息長氏を継ぎ、それから四十年近くが過ぎていた。

「振媛には申し訳ないことをしたと、一目孫のオホトに会いたいと、父は亡くなるまで悔やんでいた」息長氏が兄と王太后のなりそめから、オホト大王と娘の結婚に至った経緯を話し始めた。

――二十年前息長氏から嫁いだ麻績姫と大王は従兄妹同士の結婚だったのか。積年の想いが双方から結ばれ、孫娘が生まれたという。王太后にとっても満足のいく結末となったようだ――

息長氏自体、この倭において古い豪族であり、琵琶湖の東一帯を治めていた。

北の伊吹山を背に前方は満々と水をたたえる琵琶湖、東方・尾張への出入口を固める要の地「米原」は字の如く豊かな生活を成していた。

同じ祖を中国に持ち、越国とも薬草の交易があるという。

「王太后の葬儀が弥生の時期、春祭りと重なりそうです。それまでゆっくりと見物とまいりましょうか。いろいろ策は練ってこられたでしょうが」

お互い、大和の宮中においては古株の家柄であったが、それほど親しくもなく、挨拶程度の付き合いである。

息長氏がちらりと、向かいの間で夕餉を食べている手白香に目を移した。当の手白香姫は、男装が気に入っているのもあり、なりふり構わず、パクパクと一心不乱に白米飯を口に運んでいた。