「でもさ、巳之吉って木こりだろ? 年収だってそんなに……」
「君たちはすぐそういうことを言う。そんなに金が大事か?」
「まあね、世間一般の風潮だよ。うちはお母さんが頑張ってるけど」
「そうだな、教師ってやつはいかんせん……って、そういうことじゃないだろう。とにかく二人は仲睦まじく暮らしていた。ある晩、行燈の下で針仕事をしている雪をほのぼのと見やりながら巳之吉はふと呟いた。
『お前はいつまでも若くて綺麗だなあ、毎日野良仕事に明け暮れているのに色は真っ白で。そうしているとわしが十八だった頃に出逢った女を思い出す。お前にそっくりだった』
『……話してください。どこで? どんな風に?』
そこで巳之吉はいままで誰にも言わなかった、あの吹雪の夜のことを雪に話した。
『ど、どうした雪?』
蒼白な顔をしていきなり掴み掛かろうとする雪に驚いて巳之吉はのけぞった。
『約束を、約束を破りましたね。誰にも言わないという! あの時言ったはずです。でなければあなたを……あなたを殺すと』
『雪、お前はまさかあの時の』
『はい、私は雪の女、人に心を寄せるなどできないはずの冷たい冷たい心の雪の女です。それなのに、それなのに、あなたを好きになってしまった。いつ気づかれるか、いつこの幸せが終わるのか、毎日怯えて暮らしました。でも、あなたの底抜けの優しさに甘えて、たくさんの子まで成しました。私の心はあなたのもの、愛するあなたの命を奪うくらいなら……いっそこの私が……』
『雪、待ってくれ。お前こそ俺の宝物、愛しくて恋しくて、失うことなどできるわけがない。約束を破った俺が悪かった。許してくれ、どうか、この通り』